2009年10月05日

バレエと西式甲田療法

 この本を読みました。甲田先生の本は何冊か読んでますが、だんとつのわかりやすさと親しみやすさです。



 で、この本の110ページに出ているのだが、

「床の上にあおむけに寝て、床と背中のすきまに手が入らないのが、健康な脊柱の証」

 バレエをやっている人はわかると思うが、それって、クラシック・バレエがまさに作りたい脊柱なんですけど。。。

 7月8日の投稿にも書いたが、でっちりの私はそれができなくて(思いっきりあいてしまう)ターン・アウトに苦労しているわけだ。

 どう考えたって、床の上にあおむけに寝るのは、バレエの矯正のために向いている気がする(バレエをやっている人からかえって「過激」といわれそうだが)。数週間前にためしたけど、気持よかったです(現在は寒くてベッドに戻ってしまったが)。あと、合掌合せき(あしへんに庶民の庶)運動も、思いっきりターンアウトにききそうな気がする。

 ときどきお世話になっている先生は、「バレエは身体のくせとり」だという。

 ところで、帰りの電車の中で話した生徒仲間さんによると、ロシアのワガノワで厳しい選別を受けて(つまり、かなりバレエ向きの身体を持って生まれてきたということ)プリンシパルになったようなダンサーでさえも、毎日続けていかなければやっぱり脚は閉じてきてしまうのだそうだ。クラシック・バレエという「もっとも人間的な身体(直立歩行の究極形」は、毎日こつこつ作るものなのだ。

 ……なーんてことを考えてたせいか、今日はレッスンが終わったあと、大転子が痛くて痛くて、午後〜夕方、使いものにならなかった。ちゃんと開いてきてるんだろうか。
posted by 石とも at 00:16| クラシック・バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

三つ子のたましい・左脚編

 日曜日の身体改造・バレエレッスンの際、先生からの指摘。

「左脚がものすごく内側に傾いている。日常生活でもまっすぐ立てていなくて完全につちふまずがつぶれている。まずそこからできなかったらターンアウトはできない」

 初めての指摘だが、鏡を見てその指摘を自覚。

 それで思い出した。この「左脚の脚の内側への傾き」も子供のころからのものだったのだ。3歳ぐらいまではちゃんと歩けなくてしょっちゅう転んでいた。それで、親が焦って、何かスポーツを、ということで水泳教室に通うことにあいなったわけ。

「そのころ、本当はバレエが習いたかったんですけどねー」といったら、先生は「そのころだったら脚をちゃんと矯正してくれるような先生はいなかったと思うから、水泳でよかったかもしれませんよ。水泳なら体重の負担もかからないし」というお返事だった。

 実は、1年ほど前、ランニングの専門店で、足の形をおおがかりな機械で計測してもらったときに、担当者が、いぶかしげな顔をして、「すみません、そこにちょっと立ってもらえますか」と、機械から降りて床の上に立つようにいった。
 そして、私の左足を目視して、「ああ、わかりました。機械の計測は間違いではありませんでした。右は普通なんですけど、あまり左足が内側に傾いているという機械のデータが出たので、念のために目で確認させてもらいました」といわれました。傾きが7段階で表示されるその機械で、私の左脚の傾きは7を超えていた。
 
 今まで意識したこともなかったけど、「あなた、左足と右足の土を踏む感じが違うでしょ」といわれてみると、確かに違う。しばらくはこれをそろえるところから始まりそうだ。

 レッスンの最後の、先生の「すべての変化は気付きからよ」という言葉にずしっときてしまった。
posted by 石とも at 07:18| Comment(0) | クラシック・バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

股関節と大地のエネルギー

 日曜日のバレエの先生からいわれたことば。

「股関節が開けないと、大地のエネルギーを取り入れることができないのよ」

 この先生はこのように「ことばで教える」スキルにたけていて、知人が「ともさんに合うと思うよ」と紹介してくれたのはそれゆえなのだが、この一言でやられてしまった。

「今日から大地のエネルギーを取り入れられる股関節になる!」と固く決意した(NLPでいうと、私は突出したA型(audio)人間です)。

 ルイーズ・L・ヘイの『すべてがうまくいく「やすらぎ」の言葉』(病気はすべて心のネガティブねすからくるとする。たとえばあなたの二の腕に脂肪がついていたらそれは「愛を拒否された怒り」の表現だそうです。)を一応調べてみたのだけれど、「股関節が固い」というのは病気じゃないからとくに何も書いてなかった。



 でも、「股関節が固い」=「頑固」の象徴だったら、どうしよう?
 どうしようっていうか、そのとおりな気がしてしょうがないのだ。
 「自分はこれぐらいが限界」っていう意識、それこそ頑固。最近、「それ、もういらないよ」というステージにやっと上がってきたかも、と思ったときに股関節をばっちり指摘されたというわけだ。


 股関節が固くて大地のエネルギーが吸い上げられないのなら、頑固でひとさまが暮れる栄養が受け取れないのと同じだものね。

 月曜日の講演会で著書をあげたお礼にCDをくださった山川亜希子さんにお礼を兼ねてこのことをメールに書いたら、「私もドキッとしました、股関節固いので明日からストレッチを再開します」とお返事をくださった。

 このバレエの先生は、身体の使い方に特化していて、習うのは大人も子供も一緒。10歳ぐらいの子供が来ていたので、先生は、「ふつうは先生とピアノの先生に向ってごあいさつをするのだけれど、ここでは『今、身体を動かさせてくれる』力すべてに対して感謝をしてから始めます」と教えていた。これにもやられちゃった〜。
posted by 石とも at 22:50| Comment(5) | クラシック・バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

「レッスンが足りない」と思い始めた体力

 クラシック・バレエのお話です。昨年私を舞台に上げるほどミラクルな指導をしてくださったお教室に通ってもうすぐ2年だが、基礎的な筋肉を鍛えるのは先生のレッスンだけでは時間が足りず(←ここが以前からは信じられない時間と体力の余裕である)並行して通えるお教室を探し始めた。今週から通い始めたお教室はオープンクラス、でも学ぶことも多く、先生の振る舞いは優雅で美しく、ロケーション的にも通いやすい。しばらくお世話になろうと決めた。

 とつぜん一週間のうちバレエの時間が倍増したわけだが、これがすこぶる体調がよいからびっくりなのである。残りの時間を効率よく使えているのか、時間が足りないという感覚もない。私はあまり汗をかかない方で、ジョギングしてもあまり汗が出ないのだが、あのバレエでかく汗は何なのだろう。代謝スピードがさらに上がる気がする。
 残りの時間を座りっぱなしでもへっちゃら、その間も血がとてもよく廻っている気がする。

 とてもいいのは、「プラトー(行き詰まりの状態)」を突破できそうな自分のイメージが見えてきたこと。これについては、稿を改めて書く。
posted by 石とも at 23:57| Comment(1) | クラシック・バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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